ファンシー絵みやげとは?特徴や歴史と現在、命名の経緯から消滅の理由まで『マツコの知らない世界』

(出典 : https://cakes.mu)

今回は、8月25日オンエアの

『マツコの知らない世界』に

登場した、ファンシー絵みやげ

クローズアップしたいと思います。

ファンシー絵みやげの特徴や歴史、

そして現在にいたる動向から、

なぜ消滅したのかまでを見てみたい

と思います。

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ファンシー絵みやげの特徴

ファンシー絵みやげとは、番組に

登場した山下メロさんが、

1980年代後半から90年代前半に

かけての一時期に、全国の観光地で

売られていたかわいい絵柄の雑貨

みやげにつけた呼び名です。

おりしもバブル経済期と重なる

この時期の独特の文化を象徴する

ものとして、ファンシー絵みやげ

は、平成レトロの代表の1つと

言えるでしょう。

ファンシー絵みやげ

は、温泉などの観光地やスキー場の

みやげ物店で、キーホルダーを

はじめさまざまな雑貨として

大量に販売されていました。

その特徴は、

1.かわいいイラストを使用している

顔は、目の位置が低く、眉毛の位置が

高い、また、頬に斜線や波線が入って

いて、照れたように赤くなっている

様子を表現している。

(出典 : https://cakes.mu)

体は2頭身かそれ以下で描かれる。

(出典 : https://cakes.mu)

2.ローマ字が多い

日本語をローマ字で書く。地名の他、

長い文章もローマ字でつづられる。

(出典 : https://cakes.mu)

↑下の部分には、ローマ字で

「金曜日には大きな波がやって

くるってフレッド爺さんは

俺たちによく話してくれた」と

書かれている。

3.派手な色づかいのものが多い

蛍光色や金銀、ラメ、七色に

光るオーロラカラーなど、

きらきらしている。

(出典 : https://cakes.mu)

ファンシー絵みやげの歴史

ファンシー絵みやげの起源は、

1979年に札幌の会社がキタキツネを

キャラクター化して、雑貨みやげを

作ったのが始まりと言われています。

業界では「泣きギツネ」と呼ばれ、

なぜかキタキツネの生息しない

本州の観光地のみやげ物にも登場

するなど、圧倒的な人気を誇りました。

さらに、「LOVERY NORTH FOX」

という、2匹のキタキツネのキャラクターが

登場し、こちらも大人気となりました。

(出典 : https://cakes.mu)

このヒットを受けて、みやげ物業界で

かわいい絵柄を使用したキーホルダーや

湯呑み、のれん、ステッカーなど、

みやげ物の雑貨が次々と作られ、

やがて全国に広まったようです。

しかし、こうしたファンシー絵みやげは、

10数年で衰退していきます。

理由は、バブルが崩壊したことで

国内の旅行客が減少したことと、

食品がみやげ物の主流になって

いったことなどが挙げられて

いますが、同時にファンシー

ショップと呼ばれた、サンリオ

などのかわいい雑貨を扱う店も

減少していますし、かわいい絵の

「かわいさ」の定義が変わって

いったこともあるでしょう。

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命名の経緯

ファンシー絵みやげという

カテゴリーの呼び名は、番組に

出演した山下メロさんの命名に

よります。

というより、一時期あれほどの

ブームを巻き起こし、誰もが

知っていたものであるにも

かかわらず、このカテゴリーには

名前がありませんでした。

名前がないということは、

カテゴリー、またはジャンルと

して語られることがないという

ことでもあります。

実際、ファンシー絵みやげ

歴史の中に埋もれていきつつ

あります。

そこに名前を付け、光を当てる

ことで、バブル時代のひとつの現象・

ブームであったこれらのみやげ物

雑貨が注目されることになったのです。

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ファンシー絵みやげの現在

山下メロさんは、平成文化研究家を

名乗り、バブル時代の前後の庶民

風俗を研究しています。

そして、ファンシー絵みやげ

収集することで、民俗学的な

位置づけをしようとしています。

しかし、全国の観光地を巡って

4000店を超えるみやげ物店を

訪れてもファンシー絵みやげ

ほとんど残っていませんでした。

ならば、わずかに残ったものだけ

でも保護しようと呼びかけています。

もしみなさんがファンシー

絵みやげを持っているならば、

TwitterやInstagram、

Facebookなどで、ハッシュタグ

「#ファンシー絵みやげ」を

使って投稿をお願いします。

また、手元にない方も、

ファンシー絵みやげの思い出を

投稿してみてください。

すべての投稿を見に行きます。

失われつつあるファンシー

絵みやげの保護には、

みなさんのご協力が必要です。

どうぞよろしくお願いいたします。

思えばかの浮世絵も、陶器を

輸出する際に緩衝材として

使われて海を渡り、海外で

注目されたのが、「芸術作品」

として昇華するきっかけでした。

日本人にとっては「え?こんな

ものが?」と思われていたものが、

ヨーロッパの著名な画家たちに

ジャポニズム旋風という文化を

引き起こしたのです。

ファンシー絵みやげも、今は

古くなって引き出しの片隅に

転がっているかもしれませんが、

もう少し時がたてば、時代を

象徴する民俗文化になるのでは

ないかと、山下メロさん

活動を知って感じた次第です。

そのうち『開運!なんでも鑑定団』で

高値がつくかもしれませんね。

以上、山下メロさん命名の

ファンシー絵みやげについて

でした。

ではでは~

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