やべみつのり(絵本紙芝居作家)プロフ息子はカラテカ矢部太郎『大家さんとぼく』の原点『モヤモヤさまぁ~ず2』

(出典 : https://bunshun.jp)

今回は、11月3日オンエアの

『モヤモヤさまぁ~ず2』に登場する、

絵本・紙芝居作家の

やべみつのりさん

クローズアップしたいと思います。

お笑い芸人で、漫画『大家さんとぼく』

出版したカラテカ・矢部太郎さん

お父さんでもある、やべみつのりさん

プロフィールや、絵本、紙芝居などの

出版物、そして矢部太郎さん

子供時代のエピソードなどを調べてみました。

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絵本と紙芝居

(出典 : アマゾンより)

絵本『かばさん』は、矢部太郎さんの

お姉さんを連れて動物園に行った時の

エピソードをつづった物語。

(出典 : アマゾンより)

絵本『色セロハンあそび ぼくはうみ・

わたしはひかり』には、子ども向けの

造形教室をしていたことが反映されて

いるようです。

紙芝居関連で出している図書は、

絶版になったものが多く、

アマゾンでは超プレミアが

ついているものも。

『手づくり紙芝居舞台キット

小さな紙芝居』は52,000円、

『ふしぎなまど 小さな紙芝居』

69,000円となっています。

現在、普通に買える紙芝居は、

(出典 : アマゾンより)

『あれあれなあーに?』

(紙芝居 ぴよぴよシリーズ)

1,540円

のほか、

(出典 : アマゾンより)

2018年発行の『昭和の窓』(雲母書房)2,640円

のような、高齢者向けの紙芝居があります。

絵の真ん中に空いた「窓」から、

昭和の物やことが少し見え、

それを当てる仕掛けになっています。

プロフィール

やべみつのりさんは1942年生まれ。

6人兄弟で、お寺に住んでいましたが、

そのお寺に現れた紙芝居のおじさんが、

作家としての原点のようです。

絵を描くことが好きで、高校は美術

工芸家のデザインコース。

就職は東洋工業(現・マツダ)の

デザイン部でデザイナーと、

絵とともに過ごしてきた

やべみつのりさん

そんな時、地元の書店が開いた

「世界の絵本展」で、海外の

仕掛け絵本と出会い、造形と

絵本の世界に出会ったといいます。

そして、付き合いのあった詩人や

画家などのクリエイター仲間から、

「東京に行こう」とさそわれ、

仕事を退職、23歳で上京します。

当時は新幹線もない時代、

遠かった東京に仕事を辞めて

ぽんと飛び出して行ったのは、

なかなか勇気がいったのでは

ないかと思います。

27歳で、同郷の女性と結婚。

1男1女を授かりました。

その男の子が、現在お笑い芸人と

して、また俳優や作家としても

活躍している、矢部太郎さんです。

絵本・紙芝居作家として作品が

世に出てからは、1977年に

造形教室『ハラッパ』を主宰し、

ワークショップなどを開くかたわら、

ラオスやミャンマーなどに

紙芝居を広める活動もされています。

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息子はカラテカ・矢部太郎

矢部太郎さんが生まれたのは1977年。

やべみつのりさんが造形教室

『ハラッパ』を始めたのと同時期でした。

高度経済成長のなかで、

お母さんが外でフルタイム勤務、

お父さんが家にいて絵を描きながら

子供の面倒を見るという、

「時代とずれた」父親だったそうです。

矢部太郎さんの名前も、

「とりあえず」で太郎にして、

あとで自分で何太郎でも好きに

すればいいと思ったというのは、

なかなかユニークですね。

しかし、そのころは行き詰って

生きにくかったという

やべみつのりさん

子育てといってもむしろ親の自分が

育てられている、親育て、あるいは

自分のやり直しだったと振り返っています。

(出典 : https://dot.asahi.com)

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『大家さんとぼく』の原点

(出典 : アマゾンより)

矢部太郎さん漫画『大家さんとぼく』

書くにあたって原点となったのは、

お父さんのやべみつのりさんが、

表現を楽しんでほしいと思って

勧めた「たろうしんぶん」だそうです。

矢部太郎さんが家族の日常を

新聞として書き、コピーしたものを

祖父母や親せきに届けたもので、

その頃から読み手・読者を

意識して書いていたと

いいますから、表現者としての

才能があったんですね。

『大家さんとぼく』が、手塚治虫

文化賞や、『ダ・ヴィンチ』

ブックオブザイヤー2018を

受賞するなど大きく報じられると、

やべみつのりさんの息子として、

また、矢部太郎さんの父親として、

ふたりがそれぞれ注目されました。

絵の才能が遺伝したかどうかは

わかりませんが、少なくとも

表現の楽しさ面白さは十分に

伝わった親子だったのだと思います。

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お笑いは事後報告

矢部太郎さんがお笑いの道に入った

ことは、やべみつのりさんには

事後報告だったそうです。

しかし、やべみつのりさんは、

「絵の道に進ませるために

描かせていたわけではないから」と、

すんなり認めてくれたといいます。

お笑いもまた自己表現、という

やべみつのりさんですが、

とはいえお笑いは

「よくわかんなかった」とか。

『大家さんとぼく』で、同じ絵を

描くようになったことで、

わかりやすくはなったようです。

今後の活動でまた歩み寄ることが

あるかもしれません。

以上、絵本・紙芝居作家の

やべみつのりさんの紹介でした。

ではでは~

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