香川照之は俳優で歌舞伎役者九代目市川中車で実業家そしてカマキリ先生?家庭環境も複雑

今回は、俳優の香川照之

(かがわ・てるゆき)さん

クローズアップします。

俳優・香川照之さん

名バイプレイヤーであり、

歌舞伎役者・九代目・市川中車

(くだいめ・いちかわ・ちゅうしゃ)

でもあります。

どちらか一つでもモノにするのは

非常に難しいのに二足のわらじを

履いています。

また、東大卒の頭いい人であり、

ボクシングの解説者であり、

昆虫について熱く語るカマキリ先生

であり、アランチヲネ株式会社を

経営する実業家でもあります。

こんなにたくさん極めているって

いったいどんな人なのでしょうか。

やることなすことすべてが人並み

以上の活躍ぶりです。

ただし、そんな香川照之さんでも、

家族関係には複雑なものがある

ようです。

二代目市川猿翁の息子であり、

浜木綿子の息子であり、

五代目市川團子の父であり、

元キャビン・アテンダントの

女性と結婚しましたが、

離婚したことが報道されています。

いろんな顔を持つ香川照之さん

実像について、見てみました。

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プロフィール――たくさんの顔

香川照之さんは1965年生まれ。

二代目市川猿翁と浜木綿子の息子

として、芸能一家に生まれますが、

1968年(3歳)に両親が離婚、

以降父親とは長く断絶が続きます。

1988年(23歳)東京大学文学部

社会心理学科を卒業。

「親の七光り」で俳優になることを

決意したそうですが、ここから

すでに「家族」への思いが複雑に

存在しているように見受けます。

1989年(24歳)、大河ドラマ

『春日局』で俳優としての

キャリアをスタート。

1995年(30歳)、元・日本航空の

キャビンアテンダントの女性と

結婚します。

2011年(46歳)、歌舞伎の世界に

飛びこみ、九代目市川中車を襲名、

「俳優・香川照之」「歌舞伎

役者・市川中車」の二つの世界を

歩むことになります。

ボクシングの熱狂的なファンであり、

雑誌『ボクシング・マガジン』に

連載を持ち、解説者としても活動。

2011年の映画『あしたのジョー』で

丹下段平役を好演した際は感慨

深かったようです。

そして大の昆虫マニア

カマキリの着ぐるみ姿で

教育テレビでの番組化を熱望し、

みごと『香川照之の昆虫すごいぜ!』

主演。カマキリ先生として昆虫の

世界を熱く解説しています。

ちなみに着ぐるみはメスのカマキリ

なので、『お母さん』と呼びなさい

とのことです。

2018年には、会社アランチヲネ

設立。昆虫のイラストを使った

アパレルなどの事業を起こしています。

名バイプレーヤー・香川照之とは

大河ドラマだけでも6作に出演して

いる香川照之さんですが、私が

遅まきながら香川照之さん

初めてじっくり見たのは、

2009年の映画『カイジ 人生逆転

ゲーム』での利根川幸雄役でした。

大人気漫画の実写映画化として、

すでにファンの間には明確な

ビジュアルがあったわけですが、

香川照之さん演じる利根川は、

原作とは見た目が違うけれど

間違いなく利根川!という

「蛇」のオーラをみごとに

まとっていたのを覚えています。

映画の後半に登場するギャンブル

「Eカード」では、狂気の沙汰を

怪演され、原作ファンををも

圧倒しましたが、メイキング

シーンでは撮影の合間に

「Eカード、もうやらん!

絶対やらん!」と宣言?されて

おり、たいへんな演技だった

ようです。

ドラマでは、2013年の

『半沢直樹』で演じた、

主人公に敵対する

大和田常務役が白眉でしょう。

最後に渾身の土下座シーンを

これまた怪演され、変幻自在の

表情とともに、なんだか

ただならぬ演技のできる怖い

名バイプレーヤーぶりを世に

しらしめました。

映画、ドラマに八面六臂の出演を

こなされ、2017年までには国内外の

各賞で助演男優賞を26個、

主演男優賞も2つ受賞と、

俳優として輝かしい業績を積んでおり、

まちがいなく現代の名優と言える方

でしょう。

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歌舞伎役者・九代目市川中車とは

2011年(45歳)の時に、歌舞伎の

世界に入り、九代目市川中車

襲名した香川照之さん

お父さんが歌舞伎役者・二代目

市川猿翁であることから表面的には

父親の跡を継いだことになります。

2018年(53歳)には、九代目

市川中車として第34回浅草

芸能大賞奨励賞を受賞しており、

その実力は折り紙つきですが、

歌舞伎の世界に入ることは、

決して平たんな道ではなかった

ようです。

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複雑な家族との関係は?

両親の離婚後、幼少期から父・

猿翁とは関係が断絶していた

香川照之さんですが、1990年

(25歳)に、猿翁の元を訪ねた

ことがあったそうです。

しかしその時は「息子でも

父親でもない」と辛い言葉を

かけられたとか。

これはそうとうに哀しい経験

だったのではないかと思います。

その後、20年を経て歌舞伎の

世界に入られた香川照之さん

胸中には、長く続いている

歌舞伎界の血のつながりの中に

自分も入りたいという思いが

あったのかもしれません。

2004年(39歳)に授かったご長男・

政明くんの誕生も、歌舞伎界入り

への大きなきっかけであったそう

です。

両親の離婚による断絶を、父と

自分と息子という世代のつながり

として回復し、歌舞伎の世界の

中に生かしたかったのでは

ないでしょうか。

父親と、父親の背負っている

歌舞伎の歴史から切り離されて

しまったこと、「息子でも

父親でもない」と冷たく拒絶

されたことが、いっそう血の

つながり、歴史のつながりを

強固に求めた結果に見える気が

します。

ただし、その選択は、香川照之さん

結婚生活に離婚という結果をもたらして

しまったと言われています。

歌舞伎界では、役者の妻は、

内助の功としての働きを強く

求められます。

香川照之さんが歌舞伎役者の

道を選んだことが、自動的に

奥さんの仕事をも大きく変えて

しまったということになります。

憶測の域ではありますが、

元キャビンアテンダントという

自立した女性にとって、古い

慣習に引き込まれ、自分を

変えねばならなかったことが

重荷になり、それが離婚に

至った原因ではないかという

推察は、当たらずとも遠からじ

という気がします。

夫に従い、夫を立てて、古い

伝統の中で強固なしきたりに

従う生活は、なかなか難しい

ものがあったのでしょう。

また、香川照之さんのみならず、

息子さんもまた歌舞伎界に入って

いることを考えると、

香川照之さんの決断が、結果的に

妻と子両方の人生まで規定して

しまったように思えます。

血のつながりは同時に家の

つながりでもあった、

その結果が離婚であったとすれば、

それはひとつのつながりを得て、

ひとつのつながりを失った、

そんなふうに見える気がするのです。

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まとめ

香川照之さんのキャリアどれも

すでに十分すぎるほど輝かしい

ものです。

普通の人は努力してやっと一つ掴めるか

どうかというところを、香川照之さん

いくつも得ています。

それでもさらに血のつながりをも

求めた、というところに、拒絶され、

のちに和解を得たというお父さん

との関係の影が色濃くあるように

みえてしまうのは、無責任な想像

かもしれませんが、今回強く感じた

ところです。

一観客として、香川照之/市川中車

ドライに楽しめばいいのかもしれ

ませんが、ちょっと切なくもなった

次第です。

以上、香川照之さんのご紹介と

無粋な想像でした。ではでは~

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