大河内清輝くんの自殺から25年家族の行動と13年後兄の自殺『事件の涙』

(出典 : https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190430001976.html)

25年前、大河内清輝

(おおこうち・きよてる)くんは、

いじめが原因で自殺しました。

父・大河内祥晴 (よしはる)さんや、

学校、そして加害者たちの

言葉を振り返るとともに、

なくならない「いじめ」と

いう犯罪について考えてみました。

また、事件から13年後には、

清輝君のお兄さんまでが

亡くなっていたことを受け、

残された家族の苦しみに思いを

いたしたいと思います。

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大河内清輝くんの自殺

愛知県の中学2年生だった

大河内清輝くん(当時13歳)は、

1994年11月27日に、遺書を

残して自ら命を絶ちました。

主に4人の同級生から、

日常的に受けていた暴行は

エスカレートし、ひどい時は

川で何度も溺れさせられた

ほどでした。

自転車を盗まされて警察沙汰にも

なりましたが、いじめの加害者

たちに強要されてのこと

だったとは、言いませんでした。

また、何十回もお金を持って

くるよう強要され、自分の

小遣いが底をつくと、親や祖母の

財布からお金を抜き、そうして

最終的には110万円以上の

金品を強奪されています。

しかし、清輝くん

そのことをだれにも相談

できないまま、

「これ以上お金の工面が

できない」と

追い詰められて自宅の

裏庭で自殺したのです。

机には遺書が残されて

いました。

それには主犯格の同級生たちの

名前と、壮絶な被害の様子、

最後には家族への感謝と

謝罪の言葉がつづられて

いました。

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加害者、関係者の言葉

加害者たち1

万単位のお金を日常的に

恐喝し、清輝くん

もうお金がないというと、

「強盗してでも金を持って

こい」と脅し、同級生の家に

盗みに入らせたりしました。

学校1

担任は、「大河内清輝くん

問題の多い子たちと一緒に

いるので、強い意志で断ればよい」

と言いました。

また、女子に対して悪口を

言っていた際は、「もし命令

されてやったなら言って

ほしい」と言いましたが、

清輝くんは何も

答えませんでした。

養護教諭は、

「視線が定まらなかったり、

体のゆれがとまらなかった

ことがあった」と報告し、

清輝くんに対し、

心理テストの実施を勧めました。

そのテスト結果に懸念を

抱いた教諭は、教師に

相談してカウンセリングを

受けるよう勧めます。

親戚

叔母が学校を訪れ、

「カウンセリングは

受けさせない。家庭で話し合う」

と返答しました。

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父・祥晴さん1

大河内家では、お金の額が

合わないことがたびたび

起こり、祥晴さんは清輝くん

問い詰めました。

清輝くんは「知らない」と

言いつつも、一度だけ

「自分で使った」と言いました。

祥晴さんは、清輝くん

夜ひんぱんに出歩くように

なったことに気づきますが、

半面では「清輝の話

が分からない」と

言っていました。

自転車の窃盗で、いじめ

グループのメンバーが

警察に保護され、

清輝くん祥晴さん

出頭しました。

その時、清輝くん

「自転車は同級生に盗むよう

言われてそうした」と

告白しました。

清輝くんの自殺の前月、

祥晴さん清輝くん

学校を休ませて、家族で

オーストラリアに旅行しました。

問題行動の続いていた

清輝くんに心を開いて

もらうのが目的でしたが、

清輝くんは楽しそうに

していた反面、

グループへのみやげを

買うのに必死だった

のでした。

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祖母の財布からお金が

消えたことを問い詰めると、

清輝くん

「ゲームで使った」と

答えました。

祥晴さんは正座して涙を流す

清輝くんを平手打ちし、

さらに蹴りました。

そして「人の金を取るのは

犯罪だ。施設に行け」と

叱りました。

清輝くん

「施設に行ってもいい」

と答えました。

後日、清輝くんが命令

されて盗まされた自転車の

持ち主に、父子で謝罪に

行きました。

そのあと、清輝くん

「勉強しに行く」と

言って家を出ます。

しかし、いじめグループの

メンバーと出くわして

しまい、また金を要求され、

「もうない」と答えた

清輝くんは再度恐喝されます。

清輝くんは自宅に戻り

ました。

夜、戻らない清輝くん

家族が探したところ、

裏庭の木で首をつっている

清輝くん

発見されました。

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学校2

清輝くんの自殺の翌日、

学校は教育委員会に対し、

「突然死」と報告しました。

校長は全校集会で

生徒たちに向かい、

「軽はずみに人に話さない

ように」と伝えました。

報道陣に対しても、

「いじめの事実は出て

こない」と返答しました。

加害者たち2

清輝くんの自殺を知った

いじめグループのメンバーは

「黙っていれば分からない」

と口裏を合わせました。

しかし、遺書により真相が

明らかになると、

彼らはいじめの理由を

「面白かったから」

「楽しかったから」

と答えました。

恐喝でお金を奪っていた

ことについては、

「お金をとっているうちに

感覚がまひして

ためらいが消えた」と

話しました。

同級生の親たち

清輝くんの自殺のあと、

大河内家に対し、

「騒いだことで地域に

泥を塗った」

「受験で不利になった」

「東部中の推薦枠が心配」

などと非難しました。

また匿名の電話をかけて

きた男性は、

「いつまで学校に文句を

言っているんだ」

と大河内さんを脅しました。

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父・祥晴さん2

家からお金が無くなって

いることに、祥晴さん

もちろん気づいていました。

しかし、「子どもが、

同じ子どもを恐喝して

お金を巻き上げるという

発想がなかった」

といいます。

「子どもの社会でどんな

ことが起きているのか

ということにあまりにも

無関心でした」。

父・祥晴さんの行動

清輝くんが亡くなった

ことを、祥晴さんは「なぜ」と

問い続けています。

清輝くんに対し、

「大丈夫か?」

「何かあったら言えよ」

と声をかけてきました。

しかし、祥晴さんは仕事に

追われ、話をする時間は

少なかったのです。

そして、遺書を見るまで、

凄惨ないじめに遭っていた

ことにはまったく気づか

なかったと述懐しています。

祥晴さんは、加害者たちを

自宅に呼び、

「自分たちが何をやったか」を

全部話してほしいと、

また、全部を書いてほしいと

告げました。

加害者たちに罪悪感が

なかったと

確信したからです。

罪悪感がなければ、

また同じことをする。

自分たちがやったことが

どれだけいけないこと

だったか、

自覚を促すためにも、

手紙を毎週持って

こさせました。

しかし、清輝くんが自死を

選んだことには、

「何もできなくても、

一緒にいてくれるだけで

良かった」

「なぜ『ありがとう』と

言い残しながら

死んだのか」

悔しい、悲しいという気持ちを

残したことを叱ってやりたいと

いいます。

祥晴さんは、清輝くんの死後に

発見された遺書を、あえて公開し、

自殺の実態を世に訴えました。

そして、全国のいじめに

苦しむ子どもたちに住所を公表。

手紙や来訪を受けて子どもたちの

SOSを受け止めてきました。

清輝くんが亡くなった翌年から、

祥晴さんは講演活動をして

きました。

会社を休んででも講壇に立ち、

子を失くした親として気持ちを

語り続けました。

しかし、講演はいつからか、

いじめに苦しむ全国の

子どもたちを受け止めて

きた体験の話へと変わった

そうです。

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13年後、兄も自殺

悲劇はさらに大河内家を

襲いました。

清輝くんの兄もまた、

自死によって命を絶った

のです。

このことに関しては、

ネット上の情報に

確定的なことは見つから

なかったのですが、

一部では双極性障害だった

ということも言われて

います。

弟さんが壮絶ないじめの

果てに自殺し、その遺書を

見つけたのがお兄さんでした。

お兄さんもまた10代の

子どもだったのに、

そのような過酷な運命に

翻弄されたのです。

双極性障害という情報が

本当だとしても、

誰もそれを弱いなどと

責めることは

できないはずです。

お兄さんもまた、

いじめの苦しみの

被害者の一人だったのかも

しれないと思いました。

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まとめ

人間の中で、実はいちばん

残酷なのは子どもだと

いいます。

子どもは罪悪感を持たない

からです。

罪悪感は、被害を受けた人が

それをどう思うかという

共感がなければ生まれません。

この共感という能力は、

実は教育やしつけという

「後づけ」で人間に備わる

ものであることを、

この社会は事実として

認識すべきだと

強く思いました。

お父さんの言うとおり、

加害者には罪悪感が全く

なかった。

これが事実だと思います。

そして、なくならない

いじめの問題に接する

たびに、私は「いじめ」と

いう言葉の欺瞞を感じます。

大人の世界では、暴行、

恐喝、窃盗、そして殺人

と呼ばれることが、

なぜか子どもに対しては

「いじめ」という

やわらかい言葉で覆われて

しまう。

だから余計にことの本質が

見えないのです。

だから、学校には刑法の

手が入らない無法地帯なのです。

そんなところに自分たちの

子どもを通わせていることに、

世の大人たちは気づくべきです。

未成年には教育と更生が

重要であることは

もちろんですが、それ以前に

自分たちがしたことが、

そうした犯罪であったことを

十全に理解させることが

必要だと思うのです。

それらを「いじめ」と

言っているうちは、

いじめはなくならない

でしょう。

学校を聖域とせず、

犯罪を看過しない

社会になってほしいと

心から思います。

以上、大河内清輝くん

そのお父さん・祥晴さんのことを

考えてみました。

いじめ探偵阿部泰尚が無料調査ユースガーディアン『NHKスペシャル』の記事はこちらです。

仙台母子心中事件の記事も合わせて読んでみてください。

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