高橋昌太郎&さにーのプロフと昭和ポップスの特徴とは『マツコの知らない世界』

(出典 : https://tv.yahoo.co.jp)

今回は、4月28日オンエアの

『マツコの知らない世界』に登場した、

高橋昌太郎(たかはし・しょうたろう)さんと、

さにーさんをクローズアップしたいと思います。

お二人が熱く語るのは、

昭和ポップスの世界。

今、昭和の歌が一周回って新しい!と

若者に大人気なのだとか。

そんな昭和ポップスを愛する

高橋昌太郎さんさにーさん

プロフィールと、昭和ポップスとは

何か、その特徴について見てみました。

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高橋昌太郎さんのプロフィール

(出典 : インスタより)

高橋昌太郎さんは、

平成3年(1991年)生まれの

「昭和を知らない世代」。

the reverblue projectという

ソングライターデュオとして

活動する他、バンド、DJなども

手がけるマルチタレントです。

さらに肩書には「昭和ポップス勉強家」と

ありますが、「愛好家」ではなく

「勉強家」であることが、高橋昌太郎さん

抱く、昭和ポップスへの敬意を感じさせます。

実は、高橋昌太郎さんは、1988年の

池田政典さんの楽曲「Evening Blue」の

作曲家である高橋昌弘さんの息子なのだとか。

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昨夜は渋谷区桜丘町 music bar 45 – forty five -「歌謡曲、VERY MUCH!」にてDJをやらせていただきました。 飛び入りで3曲、楽しかったです。 Track 01. 渡辺真知子 – 唇よ、熱く君を語れ(1980) 作詞 : 東海林良 作曲 : 渡辺真知子 編曲 : 船山基紀 「レディ'80」春のカネボウのCMソングとして約40万枚ほど売り上げた大ヒット曲。 2020年1月からオンエアされているカネボウのCM「I HOPE」編に40年ぶりに起用された。 Track 02. 倉田浩行 – DERACINE(1989) 作詞 : 森田博 作曲 : 小池修也 編曲 : 萩田光男(光雄) キャンディーズの「春一番」「年下の男の子」「微笑がえし」などを作曲された穂口雄右氏がプロデュース。 ボズ・スキャッグス感のあるAORサウンドが素晴らしい。 Track 03. 池田政典 – Evening Blue(1988) 作詞 : 澤地隆 作曲 : 高橋昌弘 編曲 : 船山基紀 ドラマ「家政婦のミタ」「相棒」などで活躍する俳優さん。 アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」の志々雄真実の声優としても有名。 この曲、実は父親が書いた曲でありまして(笑) 両親の結婚式でも流したらしいです。 これがなかったら僕も存在しなかったわけで、そういった意味でも大切な一曲です。 ちなみにプロデュースはトライアングルプロダクションの藤田浩一氏であります。 Photo by Yoshiki Nakayama #musicbar45 #musicbarfortyfive #musicbar #渋谷 #桜丘 #音楽酒場 #酒場 #東京酒場 #バー #行きつけ #渡辺真知子 #倉田浩行 #池田政典 #萩田光雄 #船山基紀 #80年代 #80年代音楽 #歌謡曲 #シティポップ #citypop #dj #shibuya #bar #tokyobar #citylife #tokyolife #japanese

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昭和ポップスを生み出していた

お父さんを持つ、まさに昭和ポップス

申し子なのですね。

音楽活動をしていることからも、

お父さんの才能を受け継いでいる

のが分かります。

thereverblueprojectの活動で

ギターを演奏する高橋昌太郎さん

フォークギターというところに

昭和の香りを感じます。

sunny(さにー)さんのプロフィール

(出典 : https://tv.yahoo.co.jp)

さにーさんは、平成4年生まれで、

高橋昌太郎さん同様、昭和を

知らない世代です。

しかし、「世代じゃないからこそ

好きになった」と思いを語っています。

昭和ポップスとの出会いも、

YouTubeで中森明菜さんの歌を聴いて

目覚めた、というエピソードが

今風ですね。

お仕事は、Web制作やライティング

だそうですが、実はさにーさんは、

もともと新卒で入社した普通の

OLさんだったところ、昭和ポップス

世に広めたいという強い意志から

なんと退職、インターネット上に

昭和ポップスのデータベースを作りたくて、

Webを勉強したことから現在のお仕事に

つながっているのだそうです。

まさに昭和ポップスで人生を変えた人

なんですね。

そうしてできたサイトは、

「70〜80年代ヒット曲の総合情報サイト

あなたの知らない昭和ポップスの世界」

(出典 : https://syowa-suki.com/)

と題し、網羅的に昭和ポップスを紹介しています。

さにーさんは、このサイトで、「昭和歌謡」

ではなく、「昭和ポップス」という言葉を

作り出し、

歌謡曲、フォークソング・

アイドルソング、演歌、

ムード歌謡、ニュー

ミュージック、テクノ歌謡と、

色々あるけれどまとめて

この時代の曲を

昭和ポップス」と定義

した、「昭和ポップス」という言葉の

生みの親でもあるのです。

サイトは、コンセプトの紹介や、

サイト制作にあたっての企画書、

設定ペルソナなどがあり、かなり

本格的にできています。

また、コンテンツの制作には、

さにーさん自身が知りたいと思って

検索しても参考になる情報源が

ネット上になかったことから、

「このジャンルの情報は

調べても出てこない」と

印象付けられてしまったら、

もう最悪

という危機感がベースにあると

いいます。

サイトは2018年秋に完成して

いますが、その半年前には

西城秀樹さんの死去がありました。

亡くなってしまった人もいるけれど、

まだ生きているスターもいる。

いまのうちにできることをやらなければ、

という思いもこのサイトにはこめられて

いるそうです。

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昭和ポップスの特徴とは

番組でも高橋昌太郎さん

さにーさんの熱い思いが

紹介されましたが、

筆者が考える「昭和ポップス

特徴」として、

作曲家、作詞家、歌手、

演奏者がすべてプロだった

という点を挙げたいと思います。

つまり、1つの曲を、何人もの

プロが力を出し合って制作して

いたことで、内容の「濃い」歌が

できていたのではないかと思うのです。

シンガーソングライターという、

一人ですべての役をこなす人は、

昭和の終盤にちらほらと登場

しましたが、それ以前はいませんでした。

また、バンドブームが来たことで、

バックバンドというプロの演奏家も

減っていきました。

また、歌手になりたい若い人が

上京して、作曲家の先生の家に

住み込みで修行に入る、という

師弟関係も現在はなくなって

しまいました。

そうした背景も織り込まれたうえで

作られたのが、昭和ポップスだった

のだと思うのです。

いわば、プロ同士が作り上げる

濃い人間関係が、1つの楽曲に

集約されるのが、昭和の歌の

特徴だったのではないでしょうか。

これこそが、平成の代にはない、

昭和ポップスの最大の特徴であり、

2度と戻らない世界だと言える

ように思います。

そのことが、平成世代の若者に

とっての「新しい」ものであり、

惹きつけられる魅力になっている

のかもしれません。

以上、高橋昌太郎さんさにーさん

プロフィールと、昭和ポップスの特徴に

ついての私見でした。

ではでは~

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