夏井いつきの毒舌俳句講座 本人の俳句は?俳句の種まきとは『プレバト』

今回は、俳句の毒舌先生こと夏井いつきさんをクローズアップしたいと思います。

俳句で生きていくという決心の裏にあった波乱万丈の人生経験や、現在のお仕事状況、そして気になるご本人の俳句を紹介したいと思います。

スポンサードリンク

プロフィール

1957年(昭和32年)、愛媛生まれ。

学生時代はバレーボール部に所属。

教師として松山市の高校で国語を教えていた当時は、俳句はあくまで趣味だったそうです。

25歳で同僚教師の方と結婚。教職を続けながら2人の子どもを授かりますが、30代の時に姑の介護のため離職します。この時、「俳人になる」と宣言したそうです。

しかし、40歳になって今度は実母の介護に追われ、結果、離婚することになり、いわゆるシングルマザーになりました。

長く住み続けている松山ですが、俳人としての活動に対し、逆風もあったそうです。

その中でも、1994年に、新人賞に当たる第8回俳壇賞受賞を受賞。

1997年に俳句集団・いつき組を立ち上げ、「組長」に就任。「俳句の種まき活動」を掲げ、子どもを対象に俳句教室を始めます。

1998年から、愛媛県松山市で毎年8月開催される俳句甲子園の立ち上げに参加。

2001年から南海放送ラジオで「夏井いつきの一句一遊」という番組にレギュラー出演し、さらなる俳句の種まきにいそしんでいます。

2006年には、博報堂社員だった現在の夫と、3年にわたる遠距離恋愛の末、49歳で結婚。夫はフリーランスに転向し、自身の仕事の他に、夏井さんのマネージャー的存在となって支えているそうです。

2013年からバラエティ番組『プレバト!!』にレギュラー出演、俳句の添削を行う「夏井先生」として活躍し、俳句をエンタメに乗せてまさに種まくように普及させました。この出演によって俳句ブームを起こし、俳句界に寄与したとして、2018年には放送文化基金賞を受賞しています。

ちなみに『プレバト!!』の収録には毎回、松山から飛行機で参加しているそうです。出演を通して、「俳句に対する敷居やハードルをブルドーザーで壊した」と実感されているそうです。

加えて毎回和装なのは「コスプレ」とのこと。普段は洋服姿だそうです。

スポンサードリンク

そもそも俳句ってどうやって作るの?――夏井先生の俳句講座

まず、夏井先生の俳句に対するポリシーは

俳句は高尚な文学ではない

俳句にはやってはいけないことは何もない

ということ。

そのうえで、俳句には文字数や季語など「型」があり、その型を作るために筋トレのような訓練が必要だそうです。

型1. 「下五」、尻の5音を決める。観察や連想、自分自身の体に注目する。

型2. 「中七」で、下五の状態や情景を描写する。ポイントは「描写」であって「説明」ではないこと。

型3. 「上五」として、ファッション感覚で季語を選ぶ。「や」などの切れ字を入れるのもセンスのうち。

なんかできそうなできなさそうな微妙な感じがしますが、あとは書籍で勉強してみましょう。

(アマゾンのページへジャンプします)

夏井いつき先生自身の俳句はどんなの?

いつも「毒舌」で批評をしている夏井先生ですが、先生自身はどんな俳句を一っているのでしょうか。

公式サイトからいくつか拾ってきました。

象の糞ほくりとくづれ桜さく

ヒヤシンス手話もぴあのも漂へり

湯婆や夢のひらべつたく覚めて

ふるへあふ音叉のごとく曼珠沙華

西瓜割るわるわる叩き割る敗戦

――17音の中に映像とか物語とか、いろんなものがありますが、どれも「そう来るか」というチョイスですね。あと、「かな」や「けり」などの、いわゆる「俳句っぽさ」の出る切れ字が意外とないのも印象的です。月並みですが、お見事・さすがです。

夏井先生の句は、株式会社夏井&カンパニーの公式サイトにて毎週火曜更新です。先生の句への鑑賞文も受け付けているそうです。お気に入りの句を探して熱く語る場になっています。

スポンサードリンク

まとめ

今回、夏井先生の半生を調べて、介護や子育て、離婚など、女性としてご苦労の絶えなかったことを知り、その経験がお人柄に出ていたんだなと思いました。厳しいですが、決して悪口ではない。厳しいからこそ響くものがある。俳句の講評にとどまらず、夏井先生自身の魅力が分かった気がします。

これからも「俳句の種まき」を続けるであろう先生のご健勝を願うものです。

以上、夏井いつき先生の紹介でした。ではでは~

スポンサードリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする